いつだって、シンプルに

24歳。大学卒業後就職せずにフリーターしつつ、今後どんな生き方があるのかを日々考えてます。

目標を持って生きる人はかっこいい。目標を持っていなくても生きることは素晴らしい

あなたは目標を持って生きることができていますか?

 

もしできているなら、その目標や夢を大切にして、

この先も進んでいってほしいなと思います。

 

ただ、今目標や夢、この先にやりたいことがない人もいるかもしれません。

今日はその両方の人たちに向けて、伝えていけたらいいなと思います。

 

 

「やりがい」がなくて仕事を判断できる時代に生きれることは幸せだと思う。

最近の若者は仕事の判断基準において、「働きがい」というのをすごく大事にしているなというのを感じます。

 

僕も「働きがい」というのはすごく大切にしています。

 

自分だけにしかできない仕事をしてみたい。やってみたい。

 

そんな気持ちがあるから、仕事に対してもやりがいを求めているのかもしれません。

逆を言えば、やりがいがない仕事はすぐに辞めて違う仕事をすればいいというような考えもあります。

 

ただ、これってすごく恵まれた環境だからできることだと思うんですよね。

今の20代の方達は、子供の頃に「お金がなくて、ものが食べられない」なんて苦労は

ほとんどの人が経験したことがないと思います。

 

僕もまったくないです。むしろ自営業をしている親なので、金銭的にすごく豊かな家庭環境で生まれ、

育ててもらいました。

 

自分の好きな野球を大学まで続けさせてもらって、行きたい学校に行かせてもらい、洋服や野球道具など、好きなものはたくさん買ってもらうことができたし、すごく恵まれた中で今まで過ごすことができたんだって感じています。

 

だからこそ、貧しいこの状況から脱却したい!というようなハングリー精神がある同世代は僕はまだあったことがないです。貧乏をネタにして喋るような人も僕の周りにはいないです。

 

だから、今の若い世代の人たちって、おおよそ自分がこう進みたいと思った道を進んでこれたんじゃないかなって思うんですよね。

 

もちろん受験勉強に失敗したとか、大学進学の際に、私立じゃなくて国公立にいってほしいというようなことはあるかもしれませんが、そこまで制約されることっておそらくこれまでの人生でなかったんじゃないかなって思います。

 

ただ、社会人になったら、自分で自分の進む先を決めていく必要があります。というかそれができる時代になってきました。

 

僕らの親生だと僕らの世代では、「仕事に求める価値」というのが変わってきている気がします。

別に僕らの親世代がやりがいを考えていないかといったらそういうことではありません。

 

ただ、今の世代の方達はそんなにお金に不自由することもなく、社会人になることができたので、頭の中での「お金」に対する価値というのが低いような気がします。当たり前のように存在していたので。

 

でもそれってすごく恵まれているってやはり思うんですよね。

だから、これを当たり前と思わず、感謝するところから始めたほうがいいのかななんて思っています。

 

 

 

 

 

 

人は生まれた時点で、個性しかないってこと

 

人はなんのために生まれてきて、なんのために生きているのか。

 

この疑問を持つ人は特に20代の人たち、もしくはそれよりも下の世代の人たちに

多いんじゃないかなと思います。

 

こんなことを最初に切り出しておいてなんですが、僕からすると、

「生まれたことに意味なんてない」

って思ってます。

 

だって、「生まれたい!!」と思って生まれたわけじゃないじゃないですか。

親が子供が欲しいと思ったから、今あなたという存在がいるわけで。

 

だから、なんで生まれてきたかなんてことを考えること自体

めちゃくちゃ難しいというか、答えのないことだと思うんですよね。

 

 

自分勝手に生きればいい。そんな気がする。

同世代の人たちと話をしていて、その中で感じることがあります。

「生きがい」を求めている人がすごく多いような気がします。

 

自分の命を、自分の持っている時間をなんのために、誰のために使うことができるかを

考えることができるのは素晴らしいことだと思います。

 

ただそれを考えて、悩んだり、不安になったりするのはおかしいと思います。

なぜなら、誰もそれを望んでいるわけではないからです。

 

親があなたを産んだ時に、

「社会貢献活動に一生を捧げて欲しい!」なんて思うでしょうか?

友達が一緒に過ごす中で、

「世の中の仕組みを変えて欲しい!」なんて思うでしょうか?

 

まあいないと思いますよ。そんなこと頼む人なんてそういません。

 

だから別に悩む必要なんてないんですよ。

誰もあなたに頼んでいるわけではないので。

 

だからこそ、もっと自分に正直に、自分のやりたいことだけやってればいいような

気がするんですよね。

 

 

まずは自分から幸せになって。

人のことを考えるよりも、まずは自分がどうしたら幸せになるかだけ考えてればいいと

思うんですよね。

同年代の人の話を聞いていて思うのが、

「幸せの形」は人それぞれ違うということ。

 

かっこいい車に乗り続けられる大人でいることであったり、

家族と毎日楽しく暮らすことであったり、

今の会社で社長になることであったりと、

 

一人一人全くといっていいほど違うじゃん!って思いました。

だから最近は人の夢の話とか聞くのが楽しみです。

 

「もしなんでもできるとしたらなにしたい?」なんて聞いてみて、

その人の頭の中はどうなっているのかを知るのがすごく楽しいです。

 

みんなそうやって自分のやりたいように生きたらいいと思います。

それで生計を立てて生きていけるような仕組みが世の中には溢れています。

 

だから、僕ももっともっと自分の実現したい未来を現実にできるよう、

今日も大切に積み重ねていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体調悪くなったときにこそ、普通でいたことに感謝できる。

こんにちは。

 

風邪ひきました。めちゃくちゃ頭が痛くて、ブログを書く気がなかなか起きなかったのですが、

今少しずつでも書き続けています。

 

いやー、体調悪いと全部が面倒に感じますね。笑

ご飯食べるのもそうだし、外に出るのもそうだし、お風呂に入るのもそうだし。

 

今回、体調を崩したことで、「普通でいられること」のありがたさを改めて感じることができたので、

今日はそのことについて書いてみたいと思います。

 

人は「失ってから」気づくものなんだ

 これは健康のことに限らず、お金であったり、人間関係もそうだと思うのですが、

「失ってから」自分にとって大事だったと気づくことがすごく多いんですよね。

 

健康であれば体調が悪くなったときとか、

お金であれば、使いすぎて金欠になったときとか、

人間関係であれば、好きな人と会えなくなってしまったときとか、

失ってからじゃないと人間わからないんですよね。

 

それはなぜなのか?そうあることが当たり前だと思ってるんですよね。

健康でいること、お金があること、人間関係にしてもそうですけど、

あることが前提で考えを進めている人って多いと思います。というかほぼそうじゃないですかね?

 

まあでもそりゃそうだと思います。

よっぽど見直す習慣でもなければ、そういうことに目を向けることもおそらくないと思うので。

 

でも、それでも、日々意識できることはあるだろう。

だからこそ、日頃からの習慣を見直すことはすごく重要だと思います。それは毎日一生懸命働く自分の為でもあるし、未来の自分のためにでもあると思います。

 

でも、急にいま知っている健康に役立つことを全部やろうとしても、絶対できないと思います。

それは僕が身をもって経験しているので、はっきりといえます。

 

だからこそ、1つずつでいいので、始めてみたらすこしずつ変わっていけるかもしれません。

小さな一歩でいいので、少しずつ始めていけたらと思います。

 

 

 

 

結局、「やったほうがいいことをちゃんとやっている人」が最後はうまくいく

こんにちは!

 

毎日生きていたら、やったほうがいいけどめんどくさいことってたくさんありますよね?

例えば、

「朝余裕をもって準備したいから、早めに起きよう」とか

「昼ごはんコンビニで買うと高くつくから、持参していこう」とか

 

まあいろいろあると思います。でも今日はこういうことをちゃんとやっておいたほうがいいよ!っていうことを伝えたいなと思います。

 

そうはいっても、できない時があるのが人間。

 冒頭にちゃんとやっておいたほうがいいよ!と強めに言いましたが、いっても私もわかっててできないことの方が圧倒的に多いです。笑

 例えば、寝る前にやっちゃいけないこととして、

スマホは寝る1時間前には触らないようにすべき」とか

「寝る3時間前に食事を終わらせると、胃腸を休ませられるからいい」とか

 

こういったことって別に特別なことではないし、やろうと思えば誰でもできることですよね?

じゃあなんで出来ないんでしょうか?

 

ぼくなりの考えでいうと、「やんなくても大して変わんねーよな」と思っているからです。

 

実際、私は読書が好きで、健康習慣に関する本などは本屋さんにあれば1〜2時間は立ち読みできちゃうような人なので、こういった習慣にはすごく興味があるのですが、

 

正直、健康関連のことに関しては、私は他の人に比べたら倍くらいは知識量が違うと思います。

それだけ、時間やお金を費やして、勉強にあててきた自信があるので。

 

ただ、それに見合う行動をしているかといったら、そんなにできていないです。

できる日もあるし、できない日もあるっていうのが正直なところですね。

 

だから、結局のところ、どれだけ知っていようが、

行動していなければ、知らないのと同じこと

だと思うんですよね。

 

ぼくの場合だと、この2年間で毎日1時間は健康のことについて調べたり、勉強したりしていましたが、その中で今実践していることは一割もありません。

 

全部完璧にできていたら、多分スーパーウルトラ健康体になっているのは間違いないでしょう。笑

 

 

成長していく人は、小さなことを積み重ねられる人

結局のところ、成長スピードが速い人って、小さな改善をしっかり積み重ねている人だと思うんですよね。「失敗を繰り返さない」という言い方もできるかもしれませんが、小さな違和感を見逃さず、改善して、前に進める人だと思います。

 

でも、それってそうした方がいいということは誰もがわかっていると思います。

じゃあ、なんでしないのか。理由は簡単です。

 

めんどうだからです。

 

こんな単純な理由が、後々に大きな差となって自分のもとに返ってきます。

だったら、やった方がいいじゃん!と思うなら、すぐにでも行動してみてください。

ちゃんと自分のもとに返ってきます。

 

「努力は必ず報われる」という有名な言葉があります。でもぼくはちょっとだけ違うのかなと思っています。ぼくの場合は

努力は裏切らない。良い方にも悪い方にも

という感じですね。

 

しっかりと努力した人にはその文の成果がちゃんと現れるし、努力した気分の人には、それくらいの成果しか出ないと思っています。

 

頑張っても成果が出ないのではなく、頑張りが足らないから、成果が出ないのです。

いま、全力でこの言葉を自分自身に向けていっています。笑

 

どうせやるなら、自分のためになるように行動したいですよね。何事も。

 

 

 

 

 

 

 

なぜ副業がこれだけ身近になったのか?

最近、インターネットで調べていくと、

「三ヶ月で20万円稼げます!」とか

「家にいながらでも月50万円稼げます!」みたいな

いい文句を持った広告を目にすることが増えてきました。

 

そんなうまい話あるわけないやろ!とか思いつつも、ふと「なんでこんなに副業が身近に感じられるようになったのかな?」と思うようになったので、今回はそこについて調べてみました。

 

⑴日本型雇用システムの変化

まずはこの部分が言えると思います。「働き方改革」というのはテレビでも新聞でもよく目にするようになりましたが、日本型雇用システムの特徴である、「終身雇用」「年功序列」が崩れてきているというのが副業を推進させている理由のひとつかなと思います。

 

そもそも、以前の高度経済成長期のように、「終身雇用」「年功序列」が整っているなら、別に他の仕事に手を出す必要がないですよね?めんどくさいですし笑

 

一度会社に入って頑張り続ければ、給料がどんどん上がっていって、会社の中での地位も上がっていって、頑張り続けた分、退職金がたんまりもらえて老後も豊かに暮らしていけるというような時代だったら、別にわざわざお金のために別のことをやる必要なんてないと思います。

 

ただ、今はそんな時代ではありません。同じ会社に勤め続けることはリスクでしかないと僕は思います。1つの世界だけで生きていけるほど、甘い世界ではありません。

 

日本型雇用システムが崩れて、退職金も以前に比べて減ってきているみたいだし、その上大企業でもいつ倒産するかわからないような社会の中で、「この会社なら安心だ!」といって、依存していることが何より危ないことだと僕は思っています。

 

⑵インターネットの普及

 ここ10年でインターネット、そしてスマホが凄まじいスピードで普及していきました。世代を問わず、スマホひとつ持っていたら、友達と連絡を取り合ったり、好きなアーティストのライブ動画を見たり、ニュースをチェックしたりと、基本的になんでもできるようになりましたね。

 

スマホがあることで、スキマ時間になんでもできるようになったからこそ、ビジネスに関しても、場所や時間に左右されず、行うことができるようになりました。

 

 ユーチューバーやブロガーなんかもその時代の変化の中で生まれた働き方のひとつですね。

10年前にユーチューバーが子供のなりたい職業ベスト10にランクインするなんて誰が予想できたでしょうか?

そもそもユーチューバーなんて言葉自体が聞いたことないぞ、という感じでしたね。

 

ただ、ネットの普及、スマホの普及によって、みんながビジネスに対して身近になってきているということは間違いなく言えると思います。

 

別に副業やれ!っていっているわけではない。ただの選択肢でしかないから。

今行ったようなことが、副業が一般化してきている理由だと思いますが、別にこれを通して、

「副業やったほうがいいぞ!」って呼びかけたいわけではありません。そんなことは個人個人で考えてください。

 

ただ、こういう働き方って面白そうだなって僕は思うんです。サラリーマンとして働くことは、すでにお金の流れができているところに自分をいれていくというような感覚でしたが、

 

自分で副業をすることで、お金の流れを自分で作り出せるというのが「めっちゃ面白いやん!!」って

思ったので、今ブログを通じて、たくさんのことを発信していきたいと思っています。

 

これは僕個人の考えなのですが、何か人生の中で、「積み重ねていけるもの」を作りたかったんですよね。人生100年だとしたら、あと70から80年生きると考えて、どれだけのことを考えて、そして成長していけるのか、その成長の後みたいなものを形として残しておきたかったんですよね。

 

だからこそ、数ある副業の中でも、僕は「ブログ」というものを選択して、毎日積み重ねていきたいなと思っています。

 

自分が好きで楽しくてやっていたものが、やがて、誰かの役に立って価値を生んで、それがまた自分のためになってっていうようにつながってったら、

 

それってすごく意味のあることなのかなと思うし、

「自分が生きた証」にもなるのかななんて

勝手に思っています。

 

だから今後も、毎日書くとは言いませんが、気づいたこと、感じたこと、勉強したこと、それをこの場所においていきたいと思っています。

 

 

話がだいぶそれましたが、正直副業をしなくても、なんだかんだ生きていけるんじゃねえかなって僕は思っています。「なんとかなる」って思い続けてればなんとかなるだろ!がぼくの考えにあるので笑

 

ただ、何か今の生活から変化を求めている人は、まず調べて見るところから始めて見たらいいかなと思います。それで興味があったらやってみて、違うと思ったらやめたらいいわけで。

 

ただ、何も知らず、何もしないというのが一番勿体無いことだと思うから、そこは少しでも勉強してどんなものがあるかを知っておくことをお勧めします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スマホによる現代人の姿勢の変化が及ぼす悪影響について

こんにちは。

 

最近、ブログを書く時間をうまくとることができなかったので、自分の時間管理の甘さをすごく感じています…気をつけないとかんなと思います。

 

今日はスマホによる現代人の姿勢が及ぼす悪影響について、書いていきたいなと思います。

最近、「スマホ首」による肩こりや頭痛で悩む人がいます。

 

スマホ首とは、簡単に言えば

「正常な姿勢に比べて、首が前に突き出た状態」のことを言います。

ストレートネックとも言いますが、通常、人間の頚椎は自然なカーブを描いていて、それが負担を分散させるようにできています。

 

しかし、スマホを見たり、またパソコンで作業したりすることで、首は前に突き出た状態になり、自然なカーブを描いていた頚椎がまっすぐになってしまい、首や肩周辺の筋肉への負担が大きなってしまいます。頭の重さというのは体重の約10%とも言われているので、僕でいうと体重60キロなので、頭の重さは約6キロになります。2リットルのペットボトル3本ぶんの負担が首に常にかかっていることになります。考えただけでもしんどいです。笑

 

また、首が正常な位置から前に2センチ出ると2倍、4センチ出ると5倍負担が増えるとも言われています。ということは5倍になったらペットボトル15本ぶんの重さが首に負担となってかかっていると言えます。

 

未成年のスマホ利用時間は1日3時間とも言われています。そんな長時間を悪い姿勢で過ごしていたら、そりゃ肩こりとか頭痛も起きるよねということですね。

 

実際スマホ首による体への悪影響として、

肩こり、頭痛、めまい、自律神経失調症

などがあります。

 

プライベートならまだしも、仕事の時にデスクワークなどでパソコンを利用する方も「スマホ首」になっている可能性があると言われています。

 

だから、仕事で扱うにしても、プライベートで扱うにしても、日頃から姿勢のことを頭に入れておくことで、体の不調を予防することができると思います。

 

そのためには、スマホにしてもパソコンにしてもそうですが、利用する時に、

「目線を水平にすること」

を意識すべきだと思います。

 

僕は電車に乗ってスマホを触っている人たちを観察した時に、目線と水平で眺めている人をほとんど見たことがありません。立ちながら使用している方であれば、自分の胸の前くらいの位置で使っている人がほとんどかなと思います。

 

その姿勢でスマホを常に触っていたら、そりゃ体の不調は起きるかなと思います。

なるべく顔の前にスマホやパソコンの画面があることを意識して見てください。

 

おそらく最初は違和感があるかもしれません。

ただ慣れてくると、確実にその姿勢の方が楽だということが体感できると思います。

 

今は、スマホ一台で人と連絡を取り合う、情報を取る、音楽や動画で楽しむといった、人の欲をほとんど叶えてくれるような存在になっています。

 

だから、スマホを長時間使うことは悪いことではないですが、どうせ使うなら、体に負担のかからない状態で快適に使った方がいいかなと思うので、一緒に意識していけたら嬉しいかなと思います。

 

 

自分が成長するために時間を使いたかった。それだけの理由

こんにちは!

 

最近、仕事との関わり方について考えることが多くなったわけですが、

ぼくが大学生の時の企業を選ぶ基準っていうのが

 

「自分が成長できる環境で過ごしたい」

 

ということだったんですよね。

ただ、社会にある仕事は自分が成長するために用意されているわけではなくて、誰かに喜んでもらうためにあります。だから、そもそも、自分が成長する手段として仕事を選ぶこと自体がそもそも違うのかなと思うようになりました。

 

成長は後追いであるということ

でも、冷静に考えてみたら、自分が学生時代に野球を15年間やったのも、もともと「成長したいから」始めたわけではないし、最後まで「成長したいからやり続けた」というわけではなかったんですよね。

 

結局のところ、自分が好きなもので負けたくないということと、同じ目標を目指す仲間と主にチャレンジすることの面白さを感じていたからこそ、15年間もやり続けたし、その中で成長を感じることができたということになります。

 

だから、成長っていうのは「したい」と思うものよりかは

「いつの間にか成長していた」という感覚の方が自分としては近いのかなと思うようになりました。

 

でも、この感覚って結局のところやり続けた人にしかわからない感覚なんですよね。

「好きだからやり続ける場合」もあるだろうし、「なんとなく面白いから続けてみた」ということもあるだろうし。

 

気持ちの強い弱いはあれど、熱量の違いはあれど、続けてきたからこそ、感じられることというか、気づけることってあると思うんですよね。それに気づけた時が成長を感じられる瞬間なのかなって思います。

 

野球を15年間やっていて、改めて感じること。

学生時代に野球を15年間やっていたので、野球に対する思いはそこらの一般人よりかははるかに強いです。野球を職業にして人生を過ごして行きたいと思っていたときもありました。

 

ただ、現実はそうはなりませんでした。自分の実力不足であったりとか、怪我による影響であったりとかして、その目標は諦めることにしました。

 

今思うと、夢を諦める瞬間って、ふと気づくような感じなのかなって思いました。

心が折れてというよりかは静かに悟るというような感じがして。

 

でも、だからと言って、野球への熱が冷めることはありませんでした。

結局、野球が好きという思いは変わらずにずっと続けることができました。

 

うまくなりたいという思いはもちろんありました。でもそれよりも、野球を通して、仲間と一緒に時間を過ごせることが何より自分にとって大切だったんだ。って思います。

 

成長を感じられるのは、思っているよりもずっと後だ。

正直、学生時代に野球以外にも勉強とか別の分野のことに取り組んでいたら、いまの自分の選択肢がもっと広がっていたのかもしれません。それは「たられば」でしか言えないのですが、でも僕は野球だけに集中することのできた学生時代でよかったなと思っています。

 

その時間があったからこそ、

「周りにいる人たちへの感謝」であったり、

「1つのことをやり続けることの面白さ」

を知ることができたと思っています。

 

1つのことをやり続けるのはなかなか難しいです。

それを自分一人でやろうとすると、どうしても気分が乗らないときとかも絶対にあります。気分が乗らないときとか、体調が悪いときとか、時間が足りなく感じてしまうことは必ずあります。

 

その時は、別に無理に取り組む必要はないのかなと思っています。そして、そのできなかった自分を責める必要もないと思います。

 

自分を責めなくても、適切なタイミングで誰かが必ずアドバイスをくれると思います。

だからこそ、気にしなくていいです。自分は自分がどうすべきかだけ考えておけばいいと思います。

 

やり続けた後に、自分だけが感じられるものがあります。それを感じられるのは、やり続けた人だけが感じられる特権です。

 

僕もこれからもこのブログを書き続けて行きたいと思います。

一年後、2年後に、自分が成長したことを感じられると信じて。